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考えすぎて、好きがゲシュタルト崩壊を起こしている。

明日からまた会社に行く。昨日は楽しみだとか書いていたけど、また期待して虚しくなっての繰り返しが始まるのかと思うと、憂鬱にもなってくる。

実のところ、土日は何も手につかなかった。重症。

早くどうでもよくなりたい。
叶えられそうな望みの現実的なラインを考えたところ、「既婚者になりたい」というのが、最近の答えであった。「結婚したい」ではなく「既婚者になりたい」なのが、なんともこじらせている感がある。

だってこのまま無益な恋を続けて、気づいたら30歳になっていて、寂しい思いを抱えたまま、相手は居らず、1人で生きる心づもりもできず、なんて嫌すぎる。

私だって結婚したいわ。誰かにとっての特別でありたいわ。誰かにとっての特別なんだって、あの人から思われたいわ。

おめでとうって祝われたい。あの子も結婚したんだねってちょっと寂しく思えば良い。この子と結婚するなんてどんな旦那さんなんだろうとかちょっとくらい考えれば良い。うらやましいって言葉が一瞬頭に浮かべば良い。

こんな魂胆がある限りは、きっと素敵な相手も見つからないのでしょうね。
こんな気持ちを抱いていたってどうしようもないというのは分かっているのだけど、そのおかげで毎日会社に行くのが楽しみになっているというのも事実なのだった。

誰に対しても気さくに接する人だから、私はただのいち社員に過ぎないし、たまに出てくる好意的な発言も「若い女性社員にちょっかいをかける無様なおじさん」をネタとして演じているに過ぎない。
過ぎないはずなのに、その度に意味を探してしまう。だって、探すのって楽しい。でもそれだってごっこ遊びに過ぎなくて、本当に意味なんてないんだ。

話しかけられるとうれしくて、特別かもしれない論証を立てたくなって、そんなのありえるわけないじゃんって急に冷静になって、虚しくなって、もう話しかけてこないでって思う。
それなのにやっぱり話しかけられるとうれしくて、少しでも長く話したくて、ぎこちない質問をして、不自然すぎだったなってあとで恥ずかしくなる。

行ったり来たり、ふらふらする感情に疲れつつも、日々は確かに彩られている。

前髪をきれいに整えたり、その日の服に合わせてメイクを変えてみたり、自分をかわいくお手入れすると、もちろんその人のためではあるんだけど、自分自身を大切に扱うことにもなって、なんだかメンタルが良い。

大学生のうちにまともな恋愛をしたかったと今になって思うのだけど、あの頃の私にそんな余裕などなくて、日々生きながらえるので精いっぱいだったのだ。
それが今、こんなにも他人に心を動かされて、明日はどんな日になるだろうかとわくわくしながら1日を終えていることは、とんでもない幸福に思える。

「日記サイト」と書いているが、ご覧のとおり、こんな調子のことしか書かない。
サーバーの契約はひとまず最短期間にしておいた。こんなサイトずっと続けるつもりはない。

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